2006年05月13日

楽しさの定義とは〜私なりの見解

せっかくの週末なのに雨と言うのも鬱陶しいですね。
かといって家の中でじっとしてるのももったいないので
今日は贅沢な時間の使い方をしてきました。

最近会ってない友人を誘って、ネットカフェで朝一から5時間マンガを読みふけってきました。ROのアカウント維持のための1Dayチケットも欲しかったので、友人の協力も得て3枚入手。
とりあえずドリンクも飲み放題なので、飲みながら自販機で買ってきたパン耳の揚げ物を加えながら読書w
このパン耳が美味い。なんともいえないジューシーさと表面にまぶしてある砂糖がもう最高(何
この5時間っていうのが長いようで短いですね。まあ、これで1100円というのも凄くリーズナブルで、あまりお金を消費できない私にはとっても助かる料金設定です。


ネカフェで5時間すごしたあと、自転車でどことも無くさまよっていると、ふと思い出しました。遊戯を始めた頃の自分を。
先日のことで久しく忘れていましたが、凄く懐かしく思いました。

私の住んでいるところは都心から離れた郊外で、カードを売ってる店など当然指折りしかなく、友人といろんな店を渡り歩いていました。今日みたいに、雨の中も奔走することがあったりしました。
当時の私はカード資産なんて、言うほどあるわけではなくミラーフォースすら手に入れることが難しかったくらいです。
雨の中、雨の匂いをかぎながら自転車を走らせていると思い出すんです。あの頃が一番楽しかったと。

勝ちとか負けとかどうでもよくて、皆で捜し歩いて買ったカードと手持ちのカードでデッキを組んで遊んでいたときは間違いなく楽しかった。
今はもう忘れてしまったはずの楽しい思い出です。この頃の「楽しかった」には勝つことでしか得られない優越感など皆無で、ただただ純粋な気持ちだったと思います。
加えて、当時はカードの中でも「憧れ」というものがあったような気がします。原作で登場したカード、「光の護封剣」や「聖なるバリア−ミラーフォース」、これらを店頭で販売されているのを見ると、「手に入れるのは難しいなれどいつか手に入れてデッキに入れて使いたい」という憧れにも似た気持ちがあったと思います。こういう「楽しさ」もあるんですよね。

ブラックマジシャン氏の言う今のオーストラリアは、当時の私たちと同じようなものではないかと思います。向こうはカードの種類はあるものの、パックは高くて手に入らないし、大会をやってる場所も無くて売っている店も少ない。カードを欲する人もなんとか安くカードを手に入れようと努力し、そうして手に入れたカードと数少ないカード資産でデッキを組む。これが楽しくないはずがありません。負けたとしても悔しいという気持ちもなく楽しい気持ちだけが残るのもわかります。当時の私もそうでしたから。

今の日本はカード資産も豊富で、いろんなカードがネットでも店頭でも安く手に入り、誰でもいいデッキが作れる凄く環境に恵まれた状態にあります。だからこそ忘れやすいんです。純粋な「楽しさ」を。
田舎に住み続ける人を見ると「どうしてあんな不便なところがいいんだろう」と思うことがあります。これは遊戯王にも同じことが言えるんですね。
カード資産や手に入れる環境、それに順ずる構築可能なデッキ、これら全て今は便利かつ容易になりましたが、何も便利なだけがいいことではないと教えられた気がします。

少しくらい不便なほうがいいんです。カードを売ってる店が少なくて、シングルもなかなか手に入らない。大会をやってるところも1箇所とかソレくらいしかない。だからみんな大切にするんです。頑張って手に入れて、頑張って作ったデッキで遊ぶ。こうしたところでは趣味を同じくする仲間も出会う機会が少ないですから、自然と人間も大切にする。

今の日本は進みすぎたがゆえの不幸に見舞われているような気がします。何でもかんでも便利になったから、金さえ出せば何でも手に入る。だから金にモノを言わせて1枚でも強いカードを寄せ集めて「勝つためならなんでもする」デッキを作る。そんなものに「楽しさ」なんてあるんでしょうか。こんなものを作ってどこが楽しいのでしょう。本当に楽しいのでしょうか。「遊戯王を楽しんでいる」のではなく「遊戯王で”優越感を感じられるから”楽しんでいる」ようになってしまってませんか?勝つことに執心するあまり、「楽しむ」ことに盲目になってしまってませんか?

今では私は当時と比べて資産も増えて、様々なデッキを組めるようになりました。ただ、それでも変わらないのは、「プレイすることを楽しむ」デッキを組もうと心がけていることです。残念ながら、日本の公認大会で通ずるようなファンデッキの完成には至ってませんが、トーナメントではガジェットを使っています。「勝つためにはなんでもする」デッキを使うのなら同類ではないかと取られがちですが、私はガジェットデッキを使うことを「楽しんで」います。大会に出ていろんな人と対戦することを「楽しんで」います。自分自身のプレイングが至らずいつも負けてばかりですが、それでも一手一手ごとに、どうしたら勝てるかと「楽しんで」考えてプレイしています。

大会に出たり、対戦する以上は誰しも勝ちたいものです。ただ、大切なのは「楽しむ」ことです。「勝てばいい」考えだけではいけないんです。他人を不快にさせてまで勝つことに意味などあるわけがありません。

最近の私は始めた頃の「楽しさ」を忘れていたような気がします。
「始めた頃の楽しさ」というのは私だけではなく、誰もが通ってきた道だと思います。楽しむことは簡単です。誰でも出来ます。これだけでは勝てないかもしれませんが、それでもどうか思い出してもらいたい。「始めた頃の楽しさ」が人や環境を最も大切にし、自分を豊かにするものだということを。

今回のことでひとまずは「楽しさ」というものがどういうものか、自分なりの見解を出せたと思います。ただ、間違えないでいただきたいのは、今回の見解を出すに当たって、デッキはあくまで例だということ。私自身デッキが悪いなどとは思っておりません。むしろ問題なのは使い手のほうでしょう。自分が勝ちたいからそんなデッキを作る。凄く悲しいことじゃないですか。ゲームって楽しむものなのに。
posted by ki-pa@りんご飴157号 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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