2006年05月28日

ばっちゃが言ってた。

IとTには関わっちゃいけないって
(わかる人はわかります。ヒント:都道府県)
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2006年05月13日

楽しさの定義とは〜私なりの見解

せっかくの週末なのに雨と言うのも鬱陶しいですね。
かといって家の中でじっとしてるのももったいないので
今日は贅沢な時間の使い方をしてきました。

最近会ってない友人を誘って、ネットカフェで朝一から5時間マンガを読みふけってきました。ROのアカウント維持のための1Dayチケットも欲しかったので、友人の協力も得て3枚入手。
とりあえずドリンクも飲み放題なので、飲みながら自販機で買ってきたパン耳の揚げ物を加えながら読書w
このパン耳が美味い。なんともいえないジューシーさと表面にまぶしてある砂糖がもう最高(何
この5時間っていうのが長いようで短いですね。まあ、これで1100円というのも凄くリーズナブルで、あまりお金を消費できない私にはとっても助かる料金設定です。


ネカフェで5時間すごしたあと、自転車でどことも無くさまよっていると、ふと思い出しました。遊戯を始めた頃の自分を。
先日のことで久しく忘れていましたが、凄く懐かしく思いました。

私の住んでいるところは都心から離れた郊外で、カードを売ってる店など当然指折りしかなく、友人といろんな店を渡り歩いていました。今日みたいに、雨の中も奔走することがあったりしました。
当時の私はカード資産なんて、言うほどあるわけではなくミラーフォースすら手に入れることが難しかったくらいです。
雨の中、雨の匂いをかぎながら自転車を走らせていると思い出すんです。あの頃が一番楽しかったと。

勝ちとか負けとかどうでもよくて、皆で捜し歩いて買ったカードと手持ちのカードでデッキを組んで遊んでいたときは間違いなく楽しかった。
今はもう忘れてしまったはずの楽しい思い出です。この頃の「楽しかった」には勝つことでしか得られない優越感など皆無で、ただただ純粋な気持ちだったと思います。
加えて、当時はカードの中でも「憧れ」というものがあったような気がします。原作で登場したカード、「光の護封剣」や「聖なるバリア−ミラーフォース」、これらを店頭で販売されているのを見ると、「手に入れるのは難しいなれどいつか手に入れてデッキに入れて使いたい」という憧れにも似た気持ちがあったと思います。こういう「楽しさ」もあるんですよね。

ブラックマジシャン氏の言う今のオーストラリアは、当時の私たちと同じようなものではないかと思います。向こうはカードの種類はあるものの、パックは高くて手に入らないし、大会をやってる場所も無くて売っている店も少ない。カードを欲する人もなんとか安くカードを手に入れようと努力し、そうして手に入れたカードと数少ないカード資産でデッキを組む。これが楽しくないはずがありません。負けたとしても悔しいという気持ちもなく楽しい気持ちだけが残るのもわかります。当時の私もそうでしたから。

今の日本はカード資産も豊富で、いろんなカードがネットでも店頭でも安く手に入り、誰でもいいデッキが作れる凄く環境に恵まれた状態にあります。だからこそ忘れやすいんです。純粋な「楽しさ」を。
田舎に住み続ける人を見ると「どうしてあんな不便なところがいいんだろう」と思うことがあります。これは遊戯王にも同じことが言えるんですね。
カード資産や手に入れる環境、それに順ずる構築可能なデッキ、これら全て今は便利かつ容易になりましたが、何も便利なだけがいいことではないと教えられた気がします。

少しくらい不便なほうがいいんです。カードを売ってる店が少なくて、シングルもなかなか手に入らない。大会をやってるところも1箇所とかソレくらいしかない。だからみんな大切にするんです。頑張って手に入れて、頑張って作ったデッキで遊ぶ。こうしたところでは趣味を同じくする仲間も出会う機会が少ないですから、自然と人間も大切にする。

今の日本は進みすぎたがゆえの不幸に見舞われているような気がします。何でもかんでも便利になったから、金さえ出せば何でも手に入る。だから金にモノを言わせて1枚でも強いカードを寄せ集めて「勝つためならなんでもする」デッキを作る。そんなものに「楽しさ」なんてあるんでしょうか。こんなものを作ってどこが楽しいのでしょう。本当に楽しいのでしょうか。「遊戯王を楽しんでいる」のではなく「遊戯王で”優越感を感じられるから”楽しんでいる」ようになってしまってませんか?勝つことに執心するあまり、「楽しむ」ことに盲目になってしまってませんか?

今では私は当時と比べて資産も増えて、様々なデッキを組めるようになりました。ただ、それでも変わらないのは、「プレイすることを楽しむ」デッキを組もうと心がけていることです。残念ながら、日本の公認大会で通ずるようなファンデッキの完成には至ってませんが、トーナメントではガジェットを使っています。「勝つためにはなんでもする」デッキを使うのなら同類ではないかと取られがちですが、私はガジェットデッキを使うことを「楽しんで」います。大会に出ていろんな人と対戦することを「楽しんで」います。自分自身のプレイングが至らずいつも負けてばかりですが、それでも一手一手ごとに、どうしたら勝てるかと「楽しんで」考えてプレイしています。

大会に出たり、対戦する以上は誰しも勝ちたいものです。ただ、大切なのは「楽しむ」ことです。「勝てばいい」考えだけではいけないんです。他人を不快にさせてまで勝つことに意味などあるわけがありません。

最近の私は始めた頃の「楽しさ」を忘れていたような気がします。
「始めた頃の楽しさ」というのは私だけではなく、誰もが通ってきた道だと思います。楽しむことは簡単です。誰でも出来ます。これだけでは勝てないかもしれませんが、それでもどうか思い出してもらいたい。「始めた頃の楽しさ」が人や環境を最も大切にし、自分を豊かにするものだということを。

今回のことでひとまずは「楽しさ」というものがどういうものか、自分なりの見解を出せたと思います。ただ、間違えないでいただきたいのは、今回の見解を出すに当たって、デッキはあくまで例だということ。私自身デッキが悪いなどとは思っておりません。むしろ問題なのは使い手のほうでしょう。自分が勝ちたいからそんなデッキを作る。凄く悲しいことじゃないですか。ゲームって楽しむものなのに。
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2006年05月11日

日本人プレイヤーが世界を見ないワケ

近年の遊戯王界は世界展開し、今や巨大なマーケットとなりました。
世界戦も開催され、今年の世界戦はなんと東京は秋葉原で行われることも決定しています。

さて、そうした世界戦はどの国のプレイヤーにとっても、憧れの舞台・・・であるはずなのですが・・・。
どうも日本人プレイヤーは世界の遊戯王には興味はない様子。

そんなこんなで、先日「とある人間のマニア部屋」のブラックマジシャン氏と議論したわけですが、彼は事あるごとに「カードゲームはスポーツだ」と言っていました。この考えに私は賛成です。というのも、日本ではこうしたTCGやTRPGといったゲームは「オタクの趣味」という見方がされています。実際にオーストラリアにいるブラックマジシャン氏によると、オーストラリアではカードゲームは個人のステータスとして見られているようです。

カードゲームはギャザが発祥ですし、創始者もトランプカードを元に作っています。つまり、今存在するカードゲームはすべてギャザを始祖としたトランプゲームの発展上にあると考えていいでしょう。ではここで疑問。トランプゲームをする人はオタクと呼ばれないのに、その延長線上にあるカードゲームを楽しむ人はどうしてオタクと見られるのでしょうか。

おそらくですがカードゲームはトランプゲームよりも多様化されており、かつその題材とされる作品によって、見方が左右されるのではないかと考えています。
つまり、海外では「カードゲームは個人のステータス」という見方でも、日本ではその題材となったものによってはオタク扱いされるということです。

ギャザをやってる人って比較的まともに見られますよね。ガンダムウォーも。でも、遊戯王を含む一部のゲームは子供のやるものだと見られているようで、そういう見方がプレイヤーの意識に「カードゲームはスポーツで、個人のステータスになる」という考え方の妨げになっているのではと思います。


 この言葉が受け入れられない事と、日本人プレイヤーが世界に目を向けない事とは、関連性があるとも考えています。
まず、この言葉自体が日本に根付いていないということ。前述しましたが、日本ではカードゲームはオタクのすることだという見下した見方をされています。それは当然プレイヤー自身の意思にも影響してきます。細かいことは後日別件で語ることとして・・・。

そしてもう一つ、世界戦への門が狭いのではないかということ。日本国内での世界戦代表者選抜は、コナミより提示された期間内でランキング100位以内に入ったプレイヤーが選抜会に出場でき、さらにその上位4名が世界戦代表者になれるため、上位にランクされなければなりません。

もちろん、世界戦に出るためにはまず地方大会でランクを上げていくしかありませんし、100位に入ってやっと選考会に出られるという狭い門ですから、誰にでもチャンスがあるというわけではありません。氏は「もっと世界に目を向けろ」といわれてますが、この様な狭き門では世界に目を向けるどころか、国内だけで十分という考えになっても仕方のないことでしょう。

加えて、コナミとアッパーデックの連携が取れてないことなどもあり、これではますます地方大会で満足してしまいます。そもそも、アッパーデックの要綱を知ったところで、海外でプレイする機会など普通はありませんし、あったとしてもアジア圏のカードはアッパーデックルールにより使用が禁止されているので、出ることもできません。こんな状態ではとても世界に視野を広げてなんかいられませんよね。

ただ、だからといって何もしなくていいというわけにはいかないと思います。何よりも今年の大会は日本で行われます。当然、大会以外でフリーで海外のプレイヤーとデュエルする機会はめぐってくるでしょう。その時に何もしないままでは、大会は今までの二の舞になるでしょうし、礼儀やマナーについても、「いつもと同じ」でやれば当然海外に恥をさらすことになります。海外組のプレイヤーは日本にあこがれているそうです。そんな国のプレイヤーが海外に対し興味がないと知れば、さぞかし彼らはがっかりすることでしょう。かといって、「世界に視野を向けろ」というわけではありません。頭の片隅に置く程度でいいのです。「海外はこんなんだったなぁ」というだけで違ってくると思います。

そして、世界戦出場が可能なプレイヤーの方は今からでも遅くありません、アッパーデックの要綱を少しでも読んでおくべきでしょう。今までの世界戦で日本がことごとく負けたのはコナミとアッパーデックでのルールの違いによるものです。ルールを熟知しないままでは本領を発揮することなどできるわけがありません。あと、英語でのプレイにも慣れる事。こうした英語の勉強はカードゲームだけに限らず、しっかりと自分の実力の一つとして身につくはずなのです。少しでも海外組に負けてはならないと考えるのであれば、こうした活動は必要になってくるでしょう。ここらは氏と同じ考えですね。


「カードゲームはスポーツだ」「カードゲームは個人のステータスでもある」というのはとてもいい考えだと思います。ただ、やはり環境の違いからこうした考えが日本で根付くには時間がかかるだろうし、もしかしたら受け入れられないままかもしれません。かといって今すぐ考えを変えろというわけでもありません。いきなり言われても押し付けとしか思えないだろうし、海外の事情を知らないほとんどのプレイヤーにとっては「関係のない」ことでしょうから。現実とはこんなもんです。寂しいもんですね。
posted by ki-pa@りんご飴157号 at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

大会レポートby5/3

あー、もう日付は5日ですね。端午の節句。
私も子供のときは駐車場にこいのぼりをよくあげていたんですが、それももう懐かしい思い出です。

さて、遅れに遅れて3日の大会レポート
今回は前回の反省を踏まえて、守備表示モンスターに対する除去力を上げての挑戦です。


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posted by ki-pa@りんご飴157号 at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 遊戯王OCG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

I like Startreck Voijuor!!

つづり間違ってそうです。特にヴォイジャーのとこw

はきはきとした口調と何事も冷静なセブンさんが大好きです。
無骨で不器用そうなチャコティ副長とも仲がいいというのもツボ。

まあ、類は友を呼ぶといいますが、よくよく考えれば
元々お似合いなのかもしれませんw


さて、今回のお品書き

・偽物注意報2
・大会レポートby4/29

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posted by ki-pa@りんご飴157号 at 03:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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